かれこれ気づいたら3○のおっさんの日常をぜひご覧ください。

ブログのネタが尽きてきた

ブログのネタ

日常のネタをブログに掲載していたら、何だか最近マンネリ化してきた気がします。

おっさんの日常なんてフレッシュさから程遠い場所にあるものです。

でも僕が今より10歳くらい若ければ、もっと小さなことにも感動して毎日のようにネタが尽きなかったのかもしれません。

好きな女子と目が合っただけで、これから僕たちは付き合うことになるんじゃないかとか想像力が豊かでした。

良い言い方をすれば年齢を重ねて落ち着いてきたってことだけれど、実際のところ見た目だけでなく心動かされるセンサーまで衰えてしまったのだと思います。

少年時代のような見る物全てが輝いているっていう感覚が懐かしい。

職場からネタを拾おうと考えたこともありましたが、先輩とするのは最近のニュースや天気といった無難な話です。

後輩と話すとジェネレーションギャップのようなものを感じるようになったので、本当に僕を慕ってくれる後輩以外は交流さえ持たなくなりました。

若い世代の考えやセンスは狭い範囲からしか得られないので大した収穫にはなりません。

同期はというと「最近疲れが取れなくなったな」とか「子どもが可愛い」とか。

ほとんど僕がブログに書いてきたようなことばっかりです。

自分のブログに何を書くかを他人から盗もうとした時点で何か終わっている気がする。

書かなければならないなんて義務はないのに、更新しないと自分が生きた証が無くなってしまうような寂しさや焦りをひしひしと感じています。

そうだ。

僕は僕の日常を綴っているのだから僕の五感がキャッチしたことを書かなければならない。

そのためには他人の意見に惑わされない絶対的なセンスが必要です。

まずはできることから始めます。

何の目的もなく街をフラフラして、興味をそそられる店に入っているとか。

そういう何か「面白い物」を見つける才能を見つけようと思います。

同じ物でも見る人によってその姿は変わってきます。

どんなに素晴らしい物でも心の汚れたつまらない人間にはその素晴らしさは嫌味にしか見えません。

一般的にはつまらない物でも、その物に宿る楽しさ気づける人には楽しくてしょうがないのです。

僕も他の人と大して変わりない生活を送っていますが、きっと捉え方を変えるだけで興味深くかけがえのない物になるはずです。

自分の感受性がマンネリ化しているだけで、僕の人生は決してつまらなくありません。

少年のような精神を以てすれば、毎日が楽しくてネタに困ることもないでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

おすすめ